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2014年7月7日月曜日

よろこびやしあわせとしての学びを大切にしたいですよね。

先日、わくわくする学びの場を探求するという素晴らしいコンセプトの勉強会に参加してきました。
素敵な古民家の小さな一室で、適当に座って講義を聞くという寺子屋風でした。

今回は宇宙には果てがあるかというお話と、物理学者が学会で発表する内容を感じてみようという二本立てでした。

宇宙の話は本当に面白くて、果てがなくて、人の感覚では納得しがたいものがたくさんあるようです。それでも、人間が長い歴史の中で積み上げてきた科学の叡智を総合して論理で詰めていくとこういう風になるという科学の営みは聴いているだけで知的好奇心がガンガン刺激されるしあわせな時間でした。

2コマ目の物理解題と題された時間では、まず物理学者が学会で発表する内容をそのままダイジェストで発表し、あとから解説してみようという試みでした。やっぱり本物の専門家はすごかったです。「非可換空間上の重力理論におけるソリトン解について」なんてタイトルからし推測すらできません。日本語をしゃべっているのに全く理解できないけれどもなんだか面白そうなことをしゃべっているのがわかるという不思議な状況は初体験でした。


やっぱり勉強って面白いです。



2014年5月18日日曜日

小学校の朝礼の動画を見つけて思ったこと

とりあえず動画を御覧ください。








どう思いました?



私はすごく気持ち悪くなりました。

こういう無邪気な同調圧力は悪意がない分厄介で手に負えないと思うのです。もし、こういうことが苦手な生徒がクラスにいたとしたらどうしましょう。「いいこと」だから、「将来の役に立つ」だろうから、恐らく拒否権なんて存在しないはずです。嫌だ、苦手だ、気持ち悪いという感情すら理解されないんじゃないかと思います。もしくは、参加を拒否することは、和を乱すとか参加者を否定するとか言われて糾弾されそうだなと思いました。

少なくとも私は、こういう意味のない挨拶や掛け声は理解できないので苦痛ですし、大声を出すのも嫌いですからやりたくありません。そして、これまで頑張って薄かった面の皮を厚くしてきたので、今なら堂々と拒否することもできます。

でも、これを嫌だと思っても拒否できない子供がいたらと思うと居た堪れないのです。そして、そういった想像力を感じさせない指導者や子どもたちや投稿者が気持ち悪いと思ったのでした。

もちろん、私はこの行為を否定しているわけではありません。個人的には全然好みではありませんしどんな手段を行使しても絶対に拒否したいとは思いますが、やりたい人たちが集まって勝手にやるのは全然構いませんし、それを否定すべきではないと考えます。毎朝床をどんどん鳴らして大声で騒ぎやがってうるせえなあ、くらいは思うでしょうが我慢します。

ただ、そこに拒否権が存在しないとしたらそれは否定されるべきだと思うのです。個人の意志を無視してまで強制する合理性が感じられないことを許してはいけないと思うのです。



まあ、もちろん私の感想は動画の情報のみから邪推した感想ですので、実際には苦手なこどもには配慮されているのかもしれません。クラスのみんなは心からやりたくてやってるのかもしれません。

でも、そうだとしたら、それはそれで気持ち悪いクラスだなーと思いました。

2014年5月14日水曜日

やっと世間が野崎まどに追い付いてきました

品川のあおい書店で野崎まどフェアやってました!

好きな作家が推されてると嬉しいですね!

というわけでちょっとそれぞれについて一言紹介を。
そのうち全部についてじっくり紹介したいですね。
ちなみに順番は出版順です。


『[映]アムリタ』
映画を作る大学生の話。と見せかけたSF的ホラー小説。
最後のシーンなんて何度読んでも背筋が寒くなります。

『舞面真面と仮面の女』
遺産をめぐるミステリー小説。って書くと面白くなさそうですね。
でも野崎まどお得意の大どんでん返しが楽しめます。

『死なない生徒殺人事件』
永遠の命をもつ女子学生をめぐるミステリー。
何のために永遠に生きましょうか?

『小説家の作り方』
創作とはなにかに迫るSF。じゃなくてやっぱりラノベですね。
作者のキャラ理論が面白いです。

『パーフェクトフレンド』
友達ってなんだろうと考えさせられるラノベ。
友達も魔法も悪魔も同じカテゴリーなのですよ。

『2』
この世で一番面白い映画を作るお話。
と見せかけて実は単なる壮大な恋愛小説だったと3回位読んで気づきました。
上記5冊を読んでいないと十分に楽しめない鬼畜仕様なのでお気をつけ下さい。
野崎まど第一部完。

『なにかのご縁』
野崎まどの新境地、通称白まど。なにが白いかは読んでからのお楽しみ。
ふわふわしたファンタジーも書いてしまう著者の幅の広さには驚愕。

『野崎まど劇場』
真剣にふざけた短篇集。AA使った小説はじめて見ました。
個人的に没作品集が好き。

『know』
ハヤカワ文庫から出版のSF小説。評価もかなり高いようです。
最後の一文が秀逸なんですよ。

『ファンタジスタドール イヴ』
一応、萌系アニメのノベライズ版。でも本作には萌え要素は全くなし。
これ読んでもどんなアニメか全然想像できません。



2014年5月4日日曜日

「安全」でも得られない「安心」 『安全と安心の科学』

この本は人間賛歌の物語だと思います。

人間の可能性を信じて、本当に安心できる安全な未来を目指すために、私たちは何ができるか。それを考えるために、小さいけれど確実なものを丁寧に丁寧に積み重ねていくその方法をこの本は教えてくれます。

人間のもつ「リスクに立ち向かう」営みを知って下さい。もちろん私たちの力は知れたものです。先の震災でも、毎日どこかで起こっている交通事故でも、そのことを思い知らされています。科学や技術は私たちに「絶対安全」を約束してはくれません。

それでも、全てを諦めるのではなく、できることを探し出し、一歩でも前進しようとすること、そして時に人間の力の卑小さと自然の力の大きさの前に頭を垂れること。

この繰り返しこそが、人類が刻んできた歴史そのものとも言えると思います。

私も、著者と同様に、人間のそうした存在の形を受け入れ、また信じたいと思います。



2014年5月3日土曜日

私たちは質の劣る高水準の暮らしを強いられている? 『美 「見えないものをみる」ということ』

『美 「見えないものをみる」ということ』とはどういうことでしょうか?

私たちはどんなものを美しいと感じるのでしょうか?

真善美という言葉がありますが、この3つの価値は全てが等価で必要十分なのでしょうか?

すべてのものごとがリッチであるためには、なにが必要なのでしょうか?


この本は、このような普段は意識しない、面倒くさくて考えない、万人が納得する答えが出しにくいことを考えさせられる本です。その過程は、日本人としての、世界市民としての、自分自身としてのアイデンティティを確認することでもあるような気がします。とても難しくて面倒でしんどい作業ですが、これからの世代を引き継いでいく者としての責任があると思うのです。


そんな中で、おそらくは正しいだろうとわかったことはあります。

それは「知」や「教養」といった、判断するための判断基準が絶対に必要だということです。

もちろん、そのような判断基準は一朝一夕には身に付きません。
どのように身に付ければいいかも検討がつきません。
そもそもどのような知や教養なのかすらわかりません。


Q:さて、そんな時はどうしましょう?

A:じゃあ、明日また考えよう Sleep it over.


2014年5月2日金曜日

何で、、、何でよりによって料理中のサンマがああ 『幻想ギネコクラシー』

この本は、「身も蓋もないお話を描かせたら当代随一」との帯の煽り文句にもあるように、本当に身も蓋もないお話ばっかりの漫画なんですけども、とてもいいんですよね。

他の作品もなかなか素晴らしいのですが、この作品は特にとても自由に楽しんで書いているということが伝わってきて、読んでるだけで楽しくなる漫画なのですよ。もちろん好き嫌いがありますし、この人のマンガ自体が一般受けはまずしないだろう作風なので、これもあんまりおすすめはしないのですが。それでもこの作品は、著者の魅力を凝縮した一冊だと断言できます。すべての方面に突き抜けてぶっ飛んで戻ってこれなくなった漫画です。


そんな全くおすすめできない漫画ですが、久しぶりにいい漫画を読んだなと不覚にも思ってしまったため、つい紹介してしまいました。

最後に、重ね重ね申し上げますが、この人の漫画は漫画読みにしかおすすめできません。青年漫画という表現に慣れていない初心者の方は決して手を出さないようにして下さい。不快になっても、深みにハマっても、責任は持てませんので。


幻想ギネコクラシー 1

2014年5月1日木曜日

フードを粗末に扱う、という最小の暴力で最大の悪人ぶりを表現できる 『ゴロツキはいつも食卓を襲う フード理論とステレオタイプフード50』

『ゴロツキはいつも食卓を襲う フード理論とステレオタイプフード50』は物語の演出として登場するフードが効率的に印象的に無意識的に鑑賞者をある方向へ導くという仮説を理論化し、もっと深く物語を味わおうと試みるという非常に興味深い考察をまとめた本です。


バナナの皮を踏んで滑って転ぶ、トーストを咥えて走ると曲がり角で素敵な異性とぶつかる、おっちょこちょいが膨らますガムは必ず割れて顔面に張り付くなどなど、どこで読んだか何で観たかは思い出せないけれども絶対知っていると思えるような食べもののシーンはありませんか?

著書ではこういう食べものや食事のシーンをステレオタイプフードと呼んでいますが、著者の提唱するフード理論にはそのステレオタイプフードが非常に重要な役割を果たすのです。


さて、フード理論は基本的に以下の3つの原則から成り立ちます。

1:善人は、フードをおいしそうに食べる
2:正体不明者は、フードを食べない
3:悪人は、フードを粗末に扱う

それぞれに科学と心に基づいた説得力のある論拠があるわけですが、それはぜひ本書を読んでみて納得してみてください。

この本を読むことで、これから鑑賞することになる全ての作品において、食べものや食事のシーンに見入らざるを得ないという呪いを受ける危険性はありますが、それ以上にそれぞれの作品に対する深い理解や感動を得ることができると思います。


2014年4月30日水曜日

憎くもないのに殴るって、すごく難しい。 『わたし、狩猟始めました』

わたし、狩猟始めました』は、都会で暮らす普通の女性が震災を機に生きることに向き合う過程で、生活としての狩猟を始めるまでの心の動きを丁寧に綴った本です。

少々情緒的すぎる部分も無いことはないですが、本当に普通の感性を持った女性が、生きている動物を殺し、解体し、食べるという一連の過程で感じたことを、過不足なく、押し付けがましくなく、ありのままに表現されています。


「自分の暮らしや幸せを人任せにしておくことが、どれだけ不安定で無責任なことか、痛感したのです」

という一節は、特に共感出来ました。

私もかつては狩猟免許を持っていたこともあったり、ニワトリやシカやウサギを自分で解体して食べたことがあります。また、農業経営者を目指しているので、農作物を自分で育てて食べるという過程も経験しています。

それらの経験から、自分の暮らしや幸せを、一部でも自分の手でつくり上げることができるという状態、せめてある程度自分のコントロール下にある状態であるということは、とても楽しいことでありとても気持ちが楽なのです。不安なことはたくさんありますが、最悪の状態に陥ってもなんとかなるだろうと思えるのです。

その意味で、一度ニワトリを自分の手で殺して食べるという経験は大切だと思います。普段は誰かが肩代わりしてくれているその負担を知ることで、他の人へのおもいやりやすべての生物に対する想像力に触れられるのではないでしょうか。

2014年4月29日火曜日

カオスな空間って全然悪くない



先日ニコニコ超会議3に行ってきました。

ニコニコ動画を地上に再現するというコンセプトなので、どんなにカオスな状況になるのかは代替想像がつくと思いますが、まあ本当にカオスです。

どう考えても発展性のないことにものすごいエネルギーを費やした作品なんかを見ていると、これらのエネルギーを集約して方向性を与えれば、世界なんて簡単に平和になっちゃうんじゃないかと思うんですが、多分方向性が制約されないからこそ発散させられるエネルギーなんでしょうね。
もったいない気もするけれども、多分使いようのないエネルギーであって、それならばこういう公然と発散できる場ってのは必要ですよね。


いずれにしても、共産党と在日米軍と非実在青少年とが同じ空間でニコニコできるお祭りってなかなか無いと思いますので、これからも世界平和のために続けてほしいと思います。まる






 

2014年4月28日月曜日

ニンジンを好んで食べる人は存在するか

先日マルシェでニンジンを売っていた時に思ったんですけど、

「あなたはニンジンを義務感で食べていませんか?」


というのも先日のニンジンは雪下人参という珍しいニンジンで、秋に収穫せずに雪の下で越冬させて春に収穫することで、ニンジン臭さが全くなくなり甘みだけが残るという不思議なニンジンなのです。

正直な所、私はあまりこのニンジンは好みではありません。ほのかにニンジンの香りがする甘いだけの野菜なんて別に食べなくてもいいかなと思うのです。ニンジンのクセがあってこそ甘みも引き立ちますし、ニンジンの存在意義や食べる意味が出てくると思うのです。売り文句は「ニンジン嫌いの子供でも食べられる」「クセがなくどんな料理にも合う」なんですが、ニンジン嫌いなら食べなくてもいいし、どんな料理にも使えるのならニンジンでなくてもいい気がするのです。カロテンとか食物繊維とか諸々のビタミンなら他の野菜でも代替できると思うのです。

そもそも「食べられる」「クセがない」と表現する時点で、元々ネガティブな評価があるという認識が内包されていませんか?そこには食べようとする積極性が感じられないのです。体にいいから、彩りがきれいだから。そんな理由でニンジンは消費されているような気がするのです。

サツマイモは「甘い、おいしい」という積極性が前面に発揮される作物であって、売り方も「甘い、おいしい」だけでも十分差別化できる気がします。だって、サツマイモも含めて、甘いモノって必要なくても食べたくなりませんか?

それに対して、ニンジンやコメやコマツナなどは、あんまりその積極性を多くの人が持っていない気がするのです。義務感からこれらの作物を食べている気がするのです。この辺が、「甘い、おいしい」だけでは差別化が難しく、消費者に選んでお金を出してもらうまでがとても大変な理由なんじゃないかなと感じました。


一番簡単なのは、値段を下げること。しかし、それじゃあ面白くないし、プライドを持ちにくい。というわけで、いかに価値を伝え見出してもらうかということが大切になってくるわけですが、これが一番難しいんだよなー。


2014年4月27日日曜日

代官山マルシェ 二日目 連敗記録更新

二日間のマルシェが終わりました。
今回で二回目の出店でしたが、色々と課題が見えてきました。

顧客がグッと来る商品の提案ももちろん課題は山積みなのですが、今回は特にサークルとしての今後の運営方針を決めなきゃいけないなということを責任者として参加して感じました。


商品を出す学生は、雀の涙程度ですが多少なりとも利益があるわけで、なにより自分の所の商品なので売るというモチベーションが高いわけです。もしくは、商品だけでも出せば、それなりに売り子が売ってくれるわけで、マルシェに参加し続けるハードルはものすごく低いのです。

それに対して売り子としてだけ参加する学生は、最初は売って消費者と直に接するという体験自体が報酬となるのですが、回数を重ねていく毎に慣れが生じて、だんだんと売るモチベーションが少なくなっていきそうな気がします。もちろん、毎回毎回、お客様毎に試行錯誤して対応を研鑽していくのでそれ自体の楽しさはあるのですが、休日を潰しての参加や成果に対する報酬のない状態はあまり長続きするようには思えません。


生産者目線から見ると、小売は仕入れてただ売るだけなのにマージンを取り過ぎだと思えた時もありましたが、小売の目線で見ると、それなりの対価がないと人の商品なんて売れないよなーというのが実感でした。




2014年4月26日土曜日

代官山マルシェ 一日目 絶賛連敗中

代官山マルシェに参加してきました。

先月に引き続き、学生有志での参加です。
私は農家のこせがれではないので売り子としての参加でした。


いやー、それにしても売るのってとっても難しい。前回でも痛感させられて、今回もそれにできる限りの対応をしてきたつもりですが、やっぱりマルシェはそんなに甘くなかった。
もちろん売るのが難しいということはわかっていたことなんですが、それでも体験するとなかなか精神にきますね。

私とは違う価値観を持つ人たちにどうやって私の価値観をわかってもらうか、どうやって私の価値観を伝えるか、受け止めてもらえるか、というのが大事なんだと思います。

ある意味ではエゴの押し付けを、いかに雅に、いかにエレガントに、抵抗なく、まるで自分から進んで受け入れたかのように錯覚させることができることを目指すべきなんでしょうね。


さてさて、課題は山積みですが、明日も元気に試行錯誤でもがいてみましょう。





2014年4月25日金曜日

世の中のど真ん中という感覚が大事なのです

コピーライティング講座というものに無料で参加できるという情報を入手したので、授業終了後に参加してきました。

現役バリバリのコピーライターの方々が講義をしてくださるというなかなか贅沢な講座で、2時間という短い間でしたが、とても勉強になりました。


特に印象に残ったのが

自分の好きなものではなく、良いものを選ぶこと。
良いものとは、世の中の8割が共感してくれるであろう常識に則ったもの。

ということでした。

自分でつくったコピーはとても可愛くてなかなか客観的に評価するのが難しいのですが、プロの方々は幽体離脱と時間を置くことでそれに対応しているそうです。


「ものごとを整理し、言葉でまとめ上げる力」は今、私が最も必要としている能力だと思っています。
一朝一夕には身につかない能力ですが、訓練しだいである程度は上達するそうなので、頑張ります。

2014年4月24日木曜日

不思議な見た目の魚はうまいかまずいか両極端のような気がする

この生物をご存じですか?



ヤガラという魚です。頭だけです。
これまでちゃんとヤガラ味わったことがなかったので手に入れてきました。
もちろん頭以外も付いてますよ?

さばくのはそんなに難しくもないですが、くちばしが長いだけあってちょっと歩留まりが悪いという印象。関西方面では高級魚として扱われているようですが、関東ではあんまり知った人がいないようでそんなに高くはないようです。
それにしても、不思議な外見ですよね。

さてさて、早速刺し身と潮汁で食べてみましたが、これがすごくおいしい。上品な白身で脂がしっかりのっていて、このグロテスクな魚が珍重される理由が分かりました。

魚も知らないことだらけで面白いなー。



2014年4月22日火曜日

トスカーナ!

夜中に中原区を歩いていたら、いつの間にかトスカーナにたどり着いてしまいました。





2014年4月21日月曜日

刺激物を食べる

今日は毎月恒例ヤマトコトバの勉強会でした。
そしてこれまた恒例の会場近くの24時間営業中華料理屋での直会でロシアンルーレット水餃子をやりました。

ロシアンルーレット水餃子という名前でお分かりかと思いますが、水餃子の具が唐辛子のものがあり、これを含めた数皿をミックスして食べるという単純なものです。大体いつも会後の直会は2,3人なのに対して唐辛子水餃子は最低3つあるので毎回必ず当たるのですが、今回は2つ引いてしまいました。

この唐辛子水餃子はびっくりするくらい辛くて、あまりの辛さに一重の師匠が二重になるくらいの威力があるわけで、食後数時間たってもなんだか胃がチクチクしています。

どうして人は好んでこんな辛くて辛い刺激物を食べたがるのでしょうか。全く理解不能です。そういえば、アメリカで一緒に働いていたメキシカンたちも辛い辛いと泣きながら毎食唐辛子をかじっていたのを思い出しました。



ちなみに下の画像は適当に拾ってきたやつですが、こんな感じで外見からは全く見分けがつかない恐ろしい餃子です。


2014年4月16日水曜日

できなかったことができるようになることの喜び

ちょっとした発表用のパワーポイントを作っていたら、他の仲間に触発されていたこともあって少しずつ作り込みがエスカレートしてしまい、ついにはパソコン3台を駆使して音声とBGMを付けて全自動化してしまいました。

動画共有サイトに上がっているようなものに比べたらチープすぎる出来栄えですが、グーグル先生だけを頼りにいろんな素材やフリーソフトを駆使して作り上げたという達成感はなかなか良いものです。

今回は初めてなので結構時間がかかりましたが、次になにか作るときはもう少しスムーズにできそうです。


2014年4月15日火曜日

「食べもの」の本質は関係性 『まんがキッチン』

『まんがキッチン』は食べものという視点から名作少女漫画を読み解くという面白い試みの本なのですが、ここに取り上げられているマンガを全部読んでみたくなりますし、今度からはどんな物語であっても食べものが登場したら最後、その意味を考えずにはいられなくなるという呪いをかけられる危険な本でもあります。

個々の作品の解説や登場する食べものからの深い洞察はとても刺激的で腑に落ちるものなのですが、今回は後半の対談に登場する「食べものの本質は関係性」という著者の意見について考えてみます。

お菓子研究家でもある著者の福田里香さんは漫画家の羽海野チカさんとの対談で
「私は、食べものをおいしいと思う気持ちの80%くらいは結局勘違いと気のせいだと思うんですよね。(中略)。「食べもの」の本質は関係性なんだと思います。」
と言っていますが、この言葉は農業経営者にとってはある意味で呪いのように機能するかもしれません。

人にとっての食べものとは、純粋な味だけで味わうことはできないものであり、関係性の中でのみ味わうことができるものだとするならば、より善いものを生産しようとする努力は本当に意味があるのでしょうか。
もちろんその努力や手間暇自体が関係性を育み、おいしさとして作用する可能性はもちろんあると思います。しかし、大した手間がかけられていない食べものであっても豊かな関係性によっておいしくなるという可能性も当然考えられますし、ある意味では絶対的においしいものを生産することよりもおいしいと感じさせる関係性をつくる方が早いし簡単であるということを考えると、農業経営者としては関係づくりに注力した方がより効率的に消費者に価値を届けることができるのかもしれません。

このことはある意味で、生産努力の否定となるのかもしれません。

もちろん両方を向上させることを目指すのが一番なのですが、私も80%くらいは人間は頭で食べていると思っているので、どちらか選択することを迫られたら、恐らく私はコンヴィヴィアリティを目指すのだろうと思いました。


2014年4月14日月曜日

コメみくじ














コメ展にはコメみくじという展示がありまして、米の文字が入っている漢字のハンコを選んで押すとその漢字に関連したお告げを授かることができるという面白い展示です。



このおみくじをやっていた時に外国人の方に説明してくれないかと頼まれたのですが、日本語でも解釈が難しいおみくじを拙い英語で説明するのが難しいこと難しいこと。しどろもどろになりながらも、相手の寛容さにも助けられ、なんとか国際平和に貢献することが出来ました。

うーん、やっぱり英語の勉強がもっと必要だ。




2014年4月13日日曜日

いろんなものが田んぼから生えてくる

コメ展のトークイベントに行ってきました。

ネイチャーフォトグラファーの内山さんは情緒的な方面から、新潟大学農学部准教授の吉村さんは科学的な立場から、田んぼと多様性の未来や大切さについて語るとても楽しいイベントでした。

今回一番の衝撃は本展ディレクターで司会の竹村さんの言葉のセンスが抜群にすごかったことです。展示などの言葉遣いからも感じていましたが、竹村さんの言葉自体はありふれた何の変哲もないごくごく日常的な言葉なのですが適切な場面で適切に使うことですっと心に入ってくるというか、腑に落ちるという表現が体感できるのです。

この言葉遣いの技法は、つながりのしくみづくりを目指す者にとってぜひとも会得したい能力だと思いました。