2015年3月18日水曜日

オリジナルフォント

http://makezine.jp/blog/2015/03/turn-your-handwriting-into-a-font-for-free.html

自分の字がフォントになるらしい。便利そう

2015年3月10日火曜日

増えすぎたコアラはどうしよう?

豪、コアラ7百匹安楽死 一部で増加、飢餓の恐れ
http://www.47news.jp/smp/CN/201503/CN2015030401001003.html


少し古い記事ですが面白いので。

コアラも個体数調整が必要になっている地域があるんですね。
これはシカ以上に調整が大変そう。
コアラって愛玩動物っぽいしね。
バンビシンドロームよりコアラシンドロームの方がやっかいそうだ。

2015年3月8日日曜日

当たり付きタンスを求めて

中古タンスから190万円 店で購入、女性が発見 
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150305-00000008-kobenext-l28

この週の統計とったら中古タンスの売り上げが上がってそうだよなー。
ビッグデータでこういう動きが可視化できたら面白いよね。

2015年3月5日木曜日

逆張りのコスト

「嘘をつくのは低コスト、嘘を検証するのは高コスト」非対称性の宇宙大原則
http://www.jgnn.net/ls/2014/10/post-9423.html
「靴下の穴」原因は身体の不調かも? 排出した毒素が靴下の繊維を溶かす
http://news.livedoor.com/article/detail/9848256/

背筋矯正など施術で乳児死亡、NPO理事長逮捕
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150304-00050003-yom-soci

アメリカの「はしか」大流行の一因となった「反ワクチン」派を論破する
http://www.huffingtonpost.jp/2015/02/17/anti-vaccine-arguments_n_6702836.html

「子宮頸がんは放置していい」に産婦人科医から非難殺到! 宋美玄氏に聞く、ニセ医療に騙されない方法
http://wotopi.jp/archives/16319

2014年7月7日月曜日

よろこびやしあわせとしての学びを大切にしたいですよね。

先日、わくわくする学びの場を探求するという素晴らしいコンセプトの勉強会に参加してきました。
素敵な古民家の小さな一室で、適当に座って講義を聞くという寺子屋風でした。

今回は宇宙には果てがあるかというお話と、物理学者が学会で発表する内容を感じてみようという二本立てでした。

宇宙の話は本当に面白くて、果てがなくて、人の感覚では納得しがたいものがたくさんあるようです。それでも、人間が長い歴史の中で積み上げてきた科学の叡智を総合して論理で詰めていくとこういう風になるという科学の営みは聴いているだけで知的好奇心がガンガン刺激されるしあわせな時間でした。

2コマ目の物理解題と題された時間では、まず物理学者が学会で発表する内容をそのままダイジェストで発表し、あとから解説してみようという試みでした。やっぱり本物の専門家はすごかったです。「非可換空間上の重力理論におけるソリトン解について」なんてタイトルからし推測すらできません。日本語をしゃべっているのに全く理解できないけれどもなんだか面白そうなことをしゃべっているのがわかるという不思議な状況は初体験でした。


やっぱり勉強って面白いです。



2014年6月25日水曜日

ロボットに知性を持たせるならロボットに知性があると信じるだけでいいのかもしれない

ZOOKEEPER(1) (イブニングKC)



心理学の世界では知性=感情という考え方が優勢らしいですが、この感情を持っているということをどう判断すればいいのでしょうか?

例えば、植物には恐らく人間と同じような類の知性はなく、ただ単純に自然環境に対して物理的・生理的に定められたプログラムに従って粛々と反応していると私は考えているのですが、ある種の傾向のある人は植物には感情があり人間が愛情を持って接すれば反応してくれると考えており、こういう人にとっては植物に知性があることを疑わないわけです。

こう考えれば、ロボットが知性を持つか持たないかという話はロボット自体ではなく、ロボットを認識する人間側の問題になってくるような気がするのですがいかがでしょう?


思考は拡張して、アミニズムにおける神の成り立ちなんかも、自然に感情や知性を見出したところから発生したのかもしれないとか考えると、なんだか楽しくなってきました。


『ZOO KEEPER』という漫画で「動物と通じ合えると思うな。たまたまだ」という感じのセリフが象の回にありましたが、動植物に感情があったとしても、それは人間と違う概念だろうし違う回路を通るのがほとんどだろうと私も考えています。仮に動植物にも感情があり気持ちが通じ合ったという気がしても、それはごくたまたま感情の回路が一致したか、勝手に自分の感情を相手に投影しているだけに過ぎないと思っています。

こういう考え方は科学的思考には大切だと思っているのですが、、こういう身も蓋もない考えはあんまり美しくないし、面倒くさいし、流行らないからモテないのが難点ですね。

2014年6月22日日曜日

スローフードって楽じゃない。手間ひまかけて、汗かいて。 だけど、そうやって辿り着いたひとくちには、本当の美味しさが満ちているのです。

タイトルはリトル・フォレストという漫画の作品紹介の一文です。
10年ほど前のちょっと古い漫画ですがとてもいい漫画なのです。

東北の田舎での自給自足的な生活を送る若い女性の食と日常を淡々と描いた漫画で、私はかなり気に入っているのですが、その漫画が今年の夏に映画化されるとのことです。映画版のサイトを覗いてみましたが、なかなか素敵な雰囲気で期待できそうですね。


さて、漫画読みの間では評価の高かった漫画ですので映画化されるのは不思議ではないのですが、なぜ10年も経った今なのかというのはちょっと気になります。

農業界隈に居ますと最近農業が注目されているような気がします。『銀の匙』や『のうりん』、『茄子 新装版』、『JA〜女子によるアグリカルチャー〜』など漫画だけでもいくつかの作品が最近出てきましたし、映画でも『ウッジョブ』が公開されたりしてますね。

こういう傾向を見ていると、田舎志向や自然回帰的な生活が求められてきているのかなと感じます。経済的な成長に限界を感じ、都会的な暮らしに息苦しさを感じる人が増えてきたことの反動なのかもしれませんね。

まあ、こういう作品は基本的にきれいな部分だけしか切り取らないので、実に魅力的に感じてしますが、現実にはやっぱり田舎には田舎なりの苦悩や息苦しさや問題があるわけで、遠くにあると大抵のものはきれいに見えるんだなと思いました。


ちなみに、私は「ぬてら」のエピソードが好きです。何回読んでも笑ってしまいます。


2014年6月18日水曜日

人は舌で味わうことはできないのかもしれない




この動画。衝撃的ですよね。

豚足や明太子を言葉でアメリカ人に食べさせる。

うまいと思えないものをうまいと思わせる。

言葉ひとつで世界が変わる。自分の言葉が未来を決める。



実に素晴らしい。

人は脳で食べているということを実証されたようです。


これを喜んでいいのか、悲しむべきなのか。

少なくとも、生産者を目指す者としては、おいしいものをつくることにこだわるよりも、ことばを重ねて想いを伝える方がおいしいと感じてもらえるとしたら、やっぱりそれはくやしいと思うのです。

もちろん、商売としては全く正しいやり方なので、効率的に伝えることができお互いの需要を満足させることができるならば、それはそれで万々歳なわけですが。

それでも私は、人間ってそんなに単純でいいわけがないだろうと願っているので、まずは舌で味わいたい、味わってほしいと思うのです。その上で、言葉や関係性を楽しみたい、楽しんで欲しいと思うのです。

ただどうしても、今は言葉の方が圧倒的に強い印象を受けます。この現状をどうやって私の祈りに近づくようにデザインできるかが私の課題なのです。

2014年6月9日月曜日

人は他人を結構いい加減に認識してるらしい

髪の毛をものすごく短くして何日か経ちましたが、会う人会う人にいちいち髪切った理由を聞かれるので面倒くさくて、髪を切ったことを若干後悔しています。まあそろそろこの面倒臭さもなくなるでしょうけどね。それにしても、なぜほとんどの人が「なにかやらかした?」と聞くのでしょうか?

それはさておき、髪を切っておもしろい発見がありました。

断髪後に初めて会った人たちは、①なんとなく私を認識した後、②違和感を感じて凝視し、③髪の毛が短くなっていることにここで初めて気づき、④その変化に驚くんですよね。普通に挨拶したあとにハッと目を見開いて驚くという、このタイムラグというか、その過程がすごく面白いです。
それが数人ならまだしも、ほぼすべての人達が同じような反応を見せます。もちろん反応を控えめに抑える人や、まったく驚きを隠さず根掘り葉掘り理由を聞いてくる人もいますけど。

こういう反応を見て、改めて「人は見たいものしか見ていない」のだなと感じました。

まあ、逐一周囲の些細な変化に対応していてはキリがないし、多様な個々を同一の概念として認識することができるというのが人間特有の能力ですからね。なんとなく雰囲気で円滑にコトが進むならそれはそれで無問題ですからね。
まあ、日々の細やかな移ろいを感じることができる感性というのも憧れますけどね。


しかし、こういう意外といい加減な認識で普段のコミュニケーションが成り立っているというのはおもしろいなー。

2014年6月8日日曜日

違う世界で違う言葉を使う人達と対話するための言葉があったらいいのにね

なにやら「これ見ても肉食べたい?」というツイートが話題のようですが、こういう輩やこういう輩に噛み付く繊細チンピラを見かける度に想像力や多様性やらについて考えさせられます。

ここまで想像力に欠けた発言を連発されると、動物愛護者へのネガティブな感情を増長させるための工作員じゃないかとむしろ逆に疑ってしまうのですが、残念ながら善意からの発言なんでしょうね。こういう方向性が間違った一方的な善意ってのはとてもやっかいで、賛同しない奴はみんな敵でみんな馬鹿だと思い込んでいるので、どうやってコミュニケーションをとればいいのか全然わかりません。

一番楽なのは飽きるまで放置しておくことなのでしょうが、飽きるまでに撒き散らす無邪気な善意も、その善意に噛み付く被害者意識も啓蒙意識も、あんまり社会を幸せにしないのでなんとかしたいのです。

こういう人たちと会話する言葉が欲しいなあ。

2014年6月5日木曜日

髪型と性格は結構リンクするかもしれない

一年半ほど伸ばしっぱなしにしていた髪型に飽きたので思いっきり切りました。
恥ずかしいので写真は載せませんが毛を刈られたアルパカくらい刈りました。
やっぱり短いと気持ちいいですね。風を頭皮で感じますね。

これまで何回かちょんまげが結えるくらい伸ばしたり、逆にスキンヘッドにしたりと割と髪型を大きく変えてるのですが、髪型が変わると性格というか心持ちも連動して変わる気がします。
少なくとも私の場合、髪を長く伸ばしてる時は割と保守的な性格になって慎重になるのですが、坊主に近いくらいに短いと割と積極的な性格になります。

髪型一つで性格が変わるし、それを通してみる世界も変わるんですよ。

人間って面白いですよね。

2014年6月1日日曜日

かないくん展と死と彼女とぼく



かないくん展に行きました。
谷川俊太郎が一晩で書き、松本大洋が2年かけて書いた絵本の原画展です。
小さな展示でしたがとても良かったです。

特にぐっときたのが下の写真にある黒板とノートなのですが、いろんな人が様々に死と向き合っていたのが印象的でした。

私は幸いな事にこれまで死と向き合う機会というのは祖母の時くらいだったのですが、祖母の時は気持ちの準備する期間が十分にありきちんと付き添うこともできたので、ごくごく当然のこととして受け止める事が出来ました。
しかし、ノートに書いている人の中には唐突に死と対面しなければならない状況に陥る人もいて、そういう人たちがどうにかして身近な死と折り合いをつけようとする過程が割と生々しくノートに綴られていました。そういう文章を読む中で、こういう風に無責任に匿名的に吐き出す機会が必要とされているということが、この企画展が支持される要因かもしれないと感じました。
黒板の方は割とカジュアルな死生観が書かれていて、特に小さな子どもは天国と地獄を信じているのに対し、大人は無になると考えている傾向があったのが面白かったです。
私はどう考えているのでしょうかね。無とは考えられないのですが、あんまり続いていくとも思えなくて、ぼんやりとどこかを漂うことになるようなイメージでしょうか。あんまり苦しいことはなさそうですが、あんまり楽しい感じでもない気がします。
うーん、あまり明確にイメージ出来ないのはまだ死を身近に感じられないからでしょうね。
だからこそ、まだ見慣れない死と向き合ういい機会でした。

ちなみにタイトルの『死と彼女とぼく』はとても素敵なホラー漫画ですが、あまり関係はありません。










2014年5月28日水曜日

考えよう。素晴らしい言葉がパッとひらめくほど、僕らは天才ではない。 『言葉の技術』



薄っぺらいと見せかけていい本でした。



この本は現役のコピーライターの方が書いたコピーの書き方の本です。
この本を要約すればタイトル通り「考えろ」の一言です。


僕らは、僕ら自身のオリジナルな言葉を探すには忙しすぎる毎日を送っています。だからこそ、オリジナルな言葉を時間をかけて探すコピーライターという商売が成り立つのだと思います。

本当は、タイトルに言葉の“技術”とあるように、コピーをつくるにはいくつかの方法というかテクニックがあって、時間さえかけてじっくりと考えることができれば、ちゃんと相手に届く言葉を見つけることができるはずなのです。“技術”なので訓練次第で言葉は、コピーはある程度まで上達するはずなのです。

でも、現実にはそんな時間はないし、ネットには沢山のそれっぽい言葉が溢れているので、ついついパッと思い浮かんだ、それっぽい、薄っぺらい言葉しか見つけられないことに絶望し、伝えることを諦めてしまうか、独り善がりになってしまうか、さっさとプロに任せてしまいます。

それが悪いこととはいいませんが、実際にやってみてわかりましたが、コピーをつくるということは結構楽しいものです。特に、届けたい人のことを考えて考えて、良いものができたらとても嬉しいのです。


さて、最後にコピーをつくるにあたってのヒントですが、
この本の最後に書いてありますが、コミュニケーションの要は送り手ではなく受け手であり、どういうリアクションをしてもらいたいのかを考えることが大事なのです。

最終的な目標は、言葉によって人と人との良い関係をつくることであり、そういうことを自覚していれば、何かに固執することもなくなり、自由にコピーをつくることができると思いました。











2014年5月26日月曜日

違和感を感じないことへの違和感

100円朝食で学生応援 学食、習慣づけへ提供」という記事を見つけたのですが
この写真に違和感を感じませんか?

写真・図版



この朝食提供の目的は、規則正しい生活の習慣化や講義出席率の向上だから直接的には関係ないのですが、どうしても私は配膳の位置に無頓着なことが気になるのです。もっとお上品な言葉を選ぶなら、こういう無頓着さにイラっとするのです。

副菜の位置は諸説あるようですが、ご飯と汁物の位置は一般的に決まってますよね?さらに箸の位置もナイフやフォークじゃあるまいし横に置くってのもいかがなものかと感じるわけです。

そもそも食事の作法やら文化やら形式は、長い歴史の中で合理的な理由で洗練されてきたものであると私は考えています。それにも関わらず、それに無頓着であるというのはちょっとどうかと思うのですよ。
特に、新聞記事が公開されるということは、大学の広報から記者、編集部、印刷のような感じで、とても多くの人が関わっているはずなのに、この写真がスルーされるというのは気持ち悪いし残念だと思うのですよ。



大体こんな配置だと食べにくいと思うんですけどね〜

2014年5月23日金曜日

顧客目線で考えるということ

毎月参加が恒例になってきた代官山マルシェの準備をしています。
今回は一緒にアメリカで農業研修をしてきた友人のミニトマトを売らせてもらうことになりました。

で、そのまま売らせてもらうのでは全然面白くないのでパッケージはこっちで任せてもらうという形にしたのですが、これが難しいんですよね。
儲けを考えるとあんまりパッケージにお金はかけられないし、そもそもどれくらいの量が適切なのかが想像できないのです。正確に言えば、いくつかのターゲットは想定できるのですが、本当にその仮定が正しいのか、想定通りに購入してくれるのか全然自信がありません。まあ売るまでわからないというのは当たり前のことですが。

というわけで今回も試行錯誤で頑張ります。



2014年5月21日水曜日

真の愛を知るために生きること

「神が愛と神が愛だと言うのなら、我々は神になるべきだ。さもなくば…我々人間はこれから先も永久に、真の愛を知らないままだ」


今日の特別講義の時に、講師の方に「あなたはなぜ生きているのですか」と問いかけられた時にぱっと思い浮かんだことが、『プラネテス』という漫画に出てくるセリフでした。

真の愛を知るために生きるというのは、私にとってかなり自然な考え方です。
この場合の愛が、何を指すかは人それぞれ解釈が違うと思いますが、私は真の愛とは全知であり、究極の到達点だと考えています。我々人間は神(=愛=全知)になるために命をつないできたんだと思います。そして私も人類が全知に近づくために生きているのだと思います。だからこそ科学コミュニケーションやコミュニケーションデザインに興味をもつのだろうし、無自覚に社会のリソースを浪費することに怒りを感じるのだと思います。

私たちが世界を正しく認識し、浪費していたリソースに方向性を与えることができたならば、それは人間を先に進めることができる大きな一歩になると信じているのです。そして、そのような確実な一歩を積み重ねていけば、私たち人間はいつか真実の愛にたどり着くのではないでしょうか。

だから私は一歩でも高く遠く進んだ世界を次の世代に引き継ぐために、頑張っているつもりなのですよ。

2014年5月19日月曜日

エクセル方眼紙からコミュニケーションを考えた

エクセル方眼紙ってご存じですか?

表計算ソフトであるはずのエクセルを方眼紙のように設定して、あたかも文書ソフトのように使う日本独自の、というかお役所独自のというか、とても不思議なフォーマットなのです。

こんなのとか




こんなのです。




私はこのエクセル方眼紙を大層憎んでおりまして、事実上データの修正や再利用ができない、バージョンが違うと100%に近い確率でレイアウトが崩れる、ワードやエクセルが使える人ばかり作業的・精神的被害を被るなど、百害あって一利なしの唾棄すべき悪習と考えております。

しかし、この感覚がこれを使ってる人には伝わらないんですよね。

エクセル方眼紙を使うことは未来へのコストであって、結果的に社会全体のパフォーマンスを下げるということを理解してもらうためにはどうすればいいのでしょうか。


まおゆうに「損得勘定は我らの共通の言葉。それは天と地の間で二番目に強い絆だ」というセリフがありましたが、社会的な損得勘定を可視化してわかりやすくプレゼンしたらいいのでしょうか。しかし、そもそもその損得勘定が通じるのならば既に説得できているはずですし、そもそもエクセル方眼紙なんて使わないと思うんですよね。恐らく彼らがエクセル方眼紙に固執する理由は「慣れ」であり、それっぽく見えて(彼らに直接的な)問題が起こったことがない(もしくは気づいていない)という、目の前の損得勘定だけがそこに働いているのだと思われます。

つまり、いくら社会のコストだよと言ったところで本人にはコストとして感じられないのだから、ワードを使おうとする動機がないんですよね。ということは、やはり本人の損になるような負のデザイン、もしくはワードを使ったほうが得するような直接的でわかりやすい正のデザインすることが大切なんでしょうね。そして、負のデザインは後ろ向きで面白く無いので、やはり自主的に全体として良い方向へ向かうような前向きなデザインを考える必要があるんだと思います。


でも、このデザインが難しいんだよなー。
コミュニケーションを通して共感しながらつくり上げていくってのが理想なんでしょうけどねー。けどねー。

おや、こんな時間に誰か来たようだ。


(日記はここで途切れている)

2014年5月18日日曜日

小学校の朝礼の動画を見つけて思ったこと

とりあえず動画を御覧ください。








どう思いました?



私はすごく気持ち悪くなりました。

こういう無邪気な同調圧力は悪意がない分厄介で手に負えないと思うのです。もし、こういうことが苦手な生徒がクラスにいたとしたらどうしましょう。「いいこと」だから、「将来の役に立つ」だろうから、恐らく拒否権なんて存在しないはずです。嫌だ、苦手だ、気持ち悪いという感情すら理解されないんじゃないかと思います。もしくは、参加を拒否することは、和を乱すとか参加者を否定するとか言われて糾弾されそうだなと思いました。

少なくとも私は、こういう意味のない挨拶や掛け声は理解できないので苦痛ですし、大声を出すのも嫌いですからやりたくありません。そして、これまで頑張って薄かった面の皮を厚くしてきたので、今なら堂々と拒否することもできます。

でも、これを嫌だと思っても拒否できない子供がいたらと思うと居た堪れないのです。そして、そういった想像力を感じさせない指導者や子どもたちや投稿者が気持ち悪いと思ったのでした。

もちろん、私はこの行為を否定しているわけではありません。個人的には全然好みではありませんしどんな手段を行使しても絶対に拒否したいとは思いますが、やりたい人たちが集まって勝手にやるのは全然構いませんし、それを否定すべきではないと考えます。毎朝床をどんどん鳴らして大声で騒ぎやがってうるせえなあ、くらいは思うでしょうが我慢します。

ただ、そこに拒否権が存在しないとしたらそれは否定されるべきだと思うのです。個人の意志を無視してまで強制する合理性が感じられないことを許してはいけないと思うのです。



まあ、もちろん私の感想は動画の情報のみから邪推した感想ですので、実際には苦手なこどもには配慮されているのかもしれません。クラスのみんなは心からやりたくてやってるのかもしれません。

でも、そうだとしたら、それはそれで気持ち悪いクラスだなーと思いました。

2014年5月17日土曜日

たくさんの点は線になって

最近いろんな点がつながってきたなーと感じています。

これまで随分寄り道をしてきましたが、その全てが意味のある点になってきた気がしてるような、そう信じたいような、そんな感じです。

そのうち、いくつもの線が円になって遠く彼方まで響いて、全てをつなげることができればいいなと思いました。

2014年5月14日水曜日

やっと世間が野崎まどに追い付いてきました

品川のあおい書店で野崎まどフェアやってました!

好きな作家が推されてると嬉しいですね!

というわけでちょっとそれぞれについて一言紹介を。
そのうち全部についてじっくり紹介したいですね。
ちなみに順番は出版順です。


『[映]アムリタ』
映画を作る大学生の話。と見せかけたSF的ホラー小説。
最後のシーンなんて何度読んでも背筋が寒くなります。

『舞面真面と仮面の女』
遺産をめぐるミステリー小説。って書くと面白くなさそうですね。
でも野崎まどお得意の大どんでん返しが楽しめます。

『死なない生徒殺人事件』
永遠の命をもつ女子学生をめぐるミステリー。
何のために永遠に生きましょうか?

『小説家の作り方』
創作とはなにかに迫るSF。じゃなくてやっぱりラノベですね。
作者のキャラ理論が面白いです。

『パーフェクトフレンド』
友達ってなんだろうと考えさせられるラノベ。
友達も魔法も悪魔も同じカテゴリーなのですよ。

『2』
この世で一番面白い映画を作るお話。
と見せかけて実は単なる壮大な恋愛小説だったと3回位読んで気づきました。
上記5冊を読んでいないと十分に楽しめない鬼畜仕様なのでお気をつけ下さい。
野崎まど第一部完。

『なにかのご縁』
野崎まどの新境地、通称白まど。なにが白いかは読んでからのお楽しみ。
ふわふわしたファンタジーも書いてしまう著者の幅の広さには驚愕。

『野崎まど劇場』
真剣にふざけた短篇集。AA使った小説はじめて見ました。
個人的に没作品集が好き。

『know』
ハヤカワ文庫から出版のSF小説。評価もかなり高いようです。
最後の一文が秀逸なんですよ。

『ファンタジスタドール イヴ』
一応、萌系アニメのノベライズ版。でも本作には萌え要素は全くなし。
これ読んでもどんなアニメか全然想像できません。